かるかる♠︎ブログ

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細川政元はアセクシュアル

YouTubeでは右京大夫政元という方の動画をよく観ています.

www.youtube.com

この方の室町時代ゆっくり解説動画は茶番や替え歌が面白くて以前より観ていましたが,ライブ配信は長時間になるため最近まで避けていました. ところが,論文を読もうというライブのアーカイブを観たところ,とても面白い! 通説を覆す研究成果や現在にも通じる室町時代の人々の生き方などとてもためになります. また,ミニコーナーやJ-POPのおすすめ紹介なんかもあったりして,もっと早く観ていれば良かったですね.

というわけで,主に室町時代後期に興味が出てくるようになり,史跡が身近にあればふらっと立ち寄るようになりました. Instagram室町時代後期関連で2つ投稿しましたが,これからも上げていこうと思います.

室町時代後期には魅力的な人物が多数存在しますが,私の一推しは何といっても細川政元です. 政元は修験道に凝るなど奇人として知る人ぞ知る人物ですが,思春期に家臣間のトラブルで拉致されるなど苦労人だったりします.

政元の人物像として語られることの一つに女性を遠ざけたことが挙げられます. さらに,このことに関連して衆道を嗜んでいたことが挙げられます. 私は前者について特に否定しませんが,後者については疑問をもっています.

政元の同性愛傾向にはてっきり藤原頼長の「台記」や武田信玄が送った手紙*1レベルの証拠があると思っていました. ところが,調べてみるとゴシップ程度の話しか見当たらないのですね. *2

というわけで,このブログでは「細川政元アセクシュアルである」と主張します. 証拠は? ないことは証明できないので,政元がゲイであることこそ証明する必要があります. よって,同性愛傾向が証明されない限りアセクシュアルとみなすことは完全に妥当と言えるでしょう.

「そもそもゲイとアセクシュアルを取り違えるか?」と思われるかもしれませんが,現代社会でも取り違えられがちなことは私自身が経験済みです. どうも異性愛者にとって同性愛の方が無性愛よりはるかに納得しやすいのでしょうね.

政元がゲイである根拠として使われるものの一つに薬師寺元一の辞世があります.

地獄にはよき我主のあるやとて今日おもひたつ旅衣かな

「我主」というのを「若衆」と読ませることによる示唆ですね. 私はこの歌が元一の政元に対する嫌がらせという意見に賛同します. ただし,この嫌がらせって政元と元一が男色関係になくても成立しますよね. まして政元がアセクシュアルだとすれば,異なる性的指向を押し付けられるなんてもっと嫌がらせですよね. 以上より,この辞世はゲイの証拠になりえません.

また,私は修験道についてよく知りませんが,性欲を抑えるのは宗教ではありがちな設定なのでおそらく修験道もそうなのでしょう. Wikipediaで読んだ限りですが,性欲に対する修験道の態度は現代におけるオナ禁だと解釈します. 男性信者の性欲の対象として女性はNGだけれども男性はOKというのは,教義ではなく頓知というべきでしょう. 政元がガチで修験道にハマっていたのだとすれば,性欲の対象として女性だけでなく男性も遠ざけてさらに自慰行為もしていない方が自然だと思います.

ついでに,修験道にハマっていたから女性を遠ざけたというのは,逆である可能性を考慮しても良いと思います. すなわち,「女性に興味がないのだから遠ざけるのは余裕であり,それを条件とする修験道は自身に合っている」という考え方ですね. これはゲイでもアセクシュアルでも成り立ちます.

最後に性的指向に関する原則を述べると,誰も他人の性的指向を決めることはできません. ただし,歴史上の人物はフリー素材みたいに扱われるところがあるため,史実のねじ曲げがなければある程度は許されるでしょう. 細川政元のような時勢に振り回されつつも頑張って生きた政治家をアセクシュアルとして私の同志であるとみなすこともまた許されるでしょう. ただし,私は史実をねじ曲げてまで主張する気はないので,証拠があれば余裕で手のひらを返します.

*1:これもブロマンスとみなして同性愛とは言い切れないでしょうが.

*2:ゴシップの一例として,次のwebページを挙げておきます.

wanibooks-newscrunch.com

このページでは政元の男色のソースとして『足利治乱記』を挙げています. ところが,『足利治乱記』のウィキソースを見ると,嘉吉の変で終わっているのですよね. まだ政元は生まれていません. 当然「政元」でページ内検索しても結果は0件. 以上より,このwebページは信用できないと判断します.